医学、歯学、生命科学の急速な進歩、人口動態の変化、国民の生活環境の改善などによって、疾病構造は大きく変化し、医療に対する国民のニーズも急激にかつ大きく変化した。とりわけ、少子高齢社会の到来は歯とその周囲組織に特化した歯学教育による歯科医師の育成の問題点と教育の限界を顕在化させ、これまでの医学・歯学教育体制を再考し、新しい教育体系の下で現在および将来の社会ニーズ、患者ニーズに応える医療人を育成する時期に既に入っている。
 歯牙を含めた口腔は摂食、嚥下、消化、呼吸、発音、味覚など生命維持に必要な基本的機能を持つ臓器であり、口腔疾患の予防・治療は単なる機能回復に留まらず、円滑なコミュニケーションによる社会活動を営む上でも極めて重要な役割を持っている。また、近年の超高齢社会において、口腔ケアはドライマウスの治療・予防、誤嚥性肺炎の予防や高齢者のQOLの維持・向上に重要な役割も担っており、活力ある高齢者の社会参加にも大いに貢献している。
 このように、口腔疾患は口腔に限局した疾患ではなく全身の健康に関係するものであり、歯とその周囲組織の疾患の予防・治療に限局した「歯学」教育から、全身疾患との関係を含めた口腔疾患の予防・治療・ケアを対象とする「口腔医学」教育に変更する必要がある。また、国民の健康を守る医師・歯科医師は医療人として口腔の機能と健康管理上の意義について互いに共通の認識に立った活動が求められ、医学教育においても「口腔医学」教育の充実が必要である。そのため、医育機関である大学は「口腔医学」に関する調査研究を精力的に行い、「口腔医学」を医学の一分野として、その学問体系の中に確立するとともに、「口腔医学」に基づき、社会ニーズに的確に応えられる体系的な教育課程を作る必要がある。「口腔医学」の学問体系を確立することで、口腔疾患と全身の疾患に対する医療人の理解がシームレスとなり、有病高齢者、障害者などに対しても安全な医療を提供できる人材が育つ。さらに、こうした人材が地域に入り医療活動をすることによって、医療を必要とする人たちの様々なニーズに対応できるようになる。
 患者の立場に立って言えば、医師、歯科医師が連携してそれぞれの健康を管理してくれることを望んでいる。特に高齢社会では心身両面を対象とした医療の必要性が急激に増加しており、「口腔医学」教育に基づく医療活動が必要となっている。分断された教育によって育成された医師、歯科医師ではなく、口腔医学という共通の教育を受けたそれぞれの専門家の連携によって治療が行われるのは患者にとって最善の医療環境である。
 一方、医学教育の立場から見ても超高齢者に対する医療は特定の臓器に対する専門的な医療ではなく、総合医学的立場から行われる医療が求められている。しかし、現在、医学教育と歯科医学教育が独立して行われることによって、口腔領域のケアについては医学教育では希薄になっており、一方、歯科医学教育では全身疾患の教育については十分ではない。この問題は現在の社会ニーズと医育体制のあり方の乖離によって生じたものであり、医学・歯学教育体制を再考し、時代の要請に応える人材の育成を図る教育機関として再編する必要がある。
 本取組は医学部や歯学部を持つ8大学の連携によって実施するが、本連携取組校を核として、多数の大学の参集を促し、学部名、診療科名の変更等を含めて現在の医学・歯学教育体制を再考し、一体的な医学・歯学教育等、時代の社会ニーズに応える基本的教育フレームを提言するとともに、その実現を図ることを大きな目標としている。実現に必要な学校教育法、医師法、歯科医師法等の法制度改正を含めた教育環境の改革整備を文部科学省、厚生労働省などの関係官庁や医師会、歯科医師会、学会等の関係諸団体と協力して行う。また、当面の目標として「口腔医学」を医学の学問体系の中に確立し、「歯学」から「口腔医学」へと歯学教育体制を変更し、歯学部で「口腔医学」教育を実施するとともに、医学教育の中でも「口腔医学」を充実させることを目指す。

 歯牙・歯周組織・口腔は全身から分割不可能な人体の一部であり、口腔ケアを全身ケアの一つとして医師が十分認識することと歯科医師が口腔ケアを行う上で全身状態を理解していることは、共に医療を行う上で極めて重要であり、口腔医学教育と口腔ケアの実践活動を通じて行われる医療連携は高齢者に対する医療モデルとなり、特に高齢の患者にとって最善の医療環境を作ることができる。
 また、医療現場では精神活動機能の回復を対象とした活動が増加しており、口腔疾患を対象とする歯科医療においても心身医学的な影響を視野に入れた機能回復医療として捉えるべき時期になっている。全身の他の器官と同様に、口腔を人体の一つの器官として捉え専門医療を行えるように教育の質的変換を図ることが患者ニーズ、社会ニーズに応えるものであり、本連携取組は医学・歯科医学教育にダイナミズムを与え、従来の枠組みから時代に適応した新しい教育−医療体系に変化する原動力となることが期待される。
 本取組は、歯学と医学は生命科学を基盤とした共通の学問であり、「歯科医学は一般医学を基盤とした専門医学の一分野である」ことを基本的考えとして行うものである。近代の医学教育と歯科医学教育は多くの共通点を有しつつも独立した教育課程として実施されていた。両教育課程が独立して行われることには合理的な理由も存在していたが、第2次大戦後からの医学・歯学の進歩、経済成長に伴う社会構造の変化、少子高齢化等の人口動態の変化、国民の栄養状態の改善、医療保険制度等の社会政策の実施等により、疾病構造は劇的に変化し、こうした変化に対応する大学教育自体の変革とその実施が求められている。従来の独立した医学・歯学教育では既にこうした変化に対応できない状況が生じており、「口腔医学・口腔ケア」をキーワードとした新しい医療の展開が全人的な医療を行うための最善の方法である。
 当然ではあるが、この取組を行うためには大学間の連携だけでは不十分で、歯科医師法、医師法、学校教育法等、現行の法制度との調整が必要な部分もある。特に将来的な目的として検討する社会ニーズに合った学部名や診療科名の変更、医学・歯学の一体的教育については、医師会、歯科医師会を始めとする関係諸団体、文部科学省、厚生労働省や関係行政機関と綿密な連携のもとで協力して行うことが必要である。関係諸団体、関係行政機関との協議を同時進行的に進め、明確で合理的な学問体系と教育体系の必要性と実現可能性を広く社会に継続的に発信することは、結果として医療に対する国民の真のニーズを顕在化させることとなり、医療の質改善に対して本連携取組が与える影響は甚だ大きい。本取組は大きな意味での産官学連携事業であり、グローバルな視点で医師・歯科医師のあり方、医歯連携について大学の立場から近未来的なモデルを作成し、日本はもとより世界に向けて提言するものである。合理的な学問体系に基づいた教育体制による医療人の育成が議論される過程で、必然的に医師−看護師、歯科医師−歯科衛生士・歯科技工士による二元的な医療体系の再考が図られ、時代の社会ニーズ、患者ニーズに応える最善の医療システム・人材育成システムが創造できる。
 本取組のテーマである「口腔医学の確立」の重要性は本連携取組に参加している大学だけではなく、17大学が加盟する日本私立歯科大学協会理事会が一致して賛同しているものであり、本連携取組にはそのうちの3分の1を超える6大学が参加する。この取組を実施することによって、医学・歯学の一体的教育実現の可能性が明確になり、国立大学法人を含めた全国の大学歯学教育体制の改革が促進される効果は大きい。また、歯科医師育成機関の教育理念が「歯学」から「口腔医学」に変更されることによって、医学教育と一体化した教育を実施できる組織再編を行い、社会ニーズ、患者ニーズに基づいた医療人育成教育を円滑に行う環境を創造できる。本連携取組には歯学部の単科大学、医学部または歯学部を有する総合大学、医学部と歯学部を持つ総合大学など設置形態の異なる全国に広がる8大学の連携によって行う。このような設置形態の違う連携校が「口腔医学」教育体制を共同して創造することによって、多様な教育環境を持つ国内外の医学・歯科医学教育機関で実現可能な教育モデルを提案できる。口腔医学・口腔ケアをキーワードとした教育モデルによって人材が育ち、その結果、地域社会での医療の質向上が図られるとともに、福岡−東京・神奈川を核とした教育−医療−福祉にまたがる口腔医学広域ネットワークが形成され、ネットワークの持つ連携的な共同活動によって国民の健康増進に大きく貢献することが期待される。