ONE TEAM, ONE DREAM. COLUMN みんなのコラム

COLUMN
vol. 1

歯学部創設の頃

大野 弘機 さん

教員
(名誉教授、元・副学長、歯学部長、
個体差健康科学研究所長)

1979年(昭和54年)10月に本学に助教授として赴任した。研究室は実験机があるだけで空っぽの状態であった。翌年4月から開始される一期生の歯科理工学実習の準備が焦眉の急であった。120名規模の学生の教育に対応できる実習用機材の選定・発注、実習書の作成、そしてスタッフの教育が同時並行で実施された。私は1967年(昭和42年)新潟大学を卒業後、すぐに新設の新潟大学歯学部の助手に採用され、1期生から教育に携わった。この時もゼロからのスタートで、この経験が本学の歯科理工学工学講座の立ち上げに役立った。

最後発の歯学部で、大学の立地条件などマイナスの側面はあるが、本学は教員を大事にしてくれた。前例や慣例に縛られがちな国立大学と違い、自由な発想が許された。夢を語り合い、その一部を実現できた。

田舎にあるがゆえに、空気が「青い」と実感できることがしばしば。初夏の夕暮れ時、「ジョッピンカケタカ(錠前かけたか)」のホトトギスの鳴き声を楽しんだ。総合玄関前でサンピラーを見た瞬間もあった。

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