研究背景

 研究者らは、本研究プロジェクト開始までの過去18年間の研究蓄積から、認知症の摂食・咀嚼・嚥下障害は改善可能なものが多いこと(山田,2002)、それらは主に環境調整によるケアによって改善できることを示してきた(山田,2003,2011)。

 認知症は症候群であり、さまざまな原因疾患がある。現在、わが国における認知症の原因疾患として最も多いのがアルツハイマー病Alzheimer disease(AD)で、次いで血管性認知症vascular dementia(VaD)、レビー小体型認知症dementia with Lewy bodies(DLB)と続く。1990年代半ばに国際的な診断基準が確立した前頭側頭型認知症frontotemporal dementia(FTD)も増加しつつある。しかし、FTDとDLBは病期に応じた摂食・咀嚼・嚥下障害の特徴を示した文献の蓄積が少ないのが現状である(山田,2009;品川ら,2008;Ikeda et al.,2002)。また、ADと診断された中にはDLBである場合が20%存在するとも言われ、研究の遂行には専門医による鑑別診断が必要となる。これまで系統立った研究(山田ら,2011;枝広ら,2010;平野ら,2011)を試みてきたが、認知症の鑑別診断が課題であった。以上のことから、今後は認知症専門医との共同研究により、FTDとDLBの重症度別にみた摂食・咀嚼・嚥下障害の特徴と対応するケアスキルに関する事例を蓄積していく必要がある。これが未解明な課題の1点目として挙げられる。

 未解明な課題の2点目として、認知症の終末期における食事ケアに関する検討が挙げられる。昨今、わが国でも終末期の栄養管理法をめぐり議論されているが、海外では既に認知症終末期のガイドラインが作成されている。認知症終末期の経管栄養は、気道内分泌の増加による吸引回数の増加や胃食道逆流による窒息死、誤嚥性肺炎のリスクも高く予後も悪いなどの根拠から、アメリカやオーストラリアでは認知症の終末期において経管栄養は適用外となっている(Gillick,2000)。わが国では知症疾患治療ガイドライン(2010)の中で、終末期では経口摂取の可能性を追求するよう示している。研究フィールドの中には、誤嚥性肺炎を起こさず最期まで経管栄養に移行することなく看取りを行った施設も増加しつつあり、このような事例分析も加えた認知症の終末期における食事ケアスキルの検討が急がれる。

 未解明な課題の3点目は、認知症高齢者の睡眠・覚醒リズムの障害と摂食・咀嚼・嚥下障害の関係、それ対応するケアスキルが明らかになっていない点である。食べるためには覚醒していることが大前提だが、認知症高齢者では睡眠・覚醒リズムに障害をきたしやすい(萩野・山田・井出,2006)。認知症高齢者の睡眠・覚醒リズム障害と食事との関係では、朝食や昼食時に眠る傾向があり、夕食の機会を活かすなどのケアスキルの示唆も得られていることから(萩野,2009)、今後は実証的に研究を進めていく必要がある。

 未解明な課題の4点目は、認知症の原因疾患と重症度による咀嚼機能の評価と対応するケアスキルに関する研究の蓄積が少ないことである。山田ら(2011)の研究では、自力摂食割合と咀嚼機能との間に強い相関(ρ=.785,p<.001)を認めながらも、臨床実践の場における口腔機能の査定とケアが十分でなかったこと、咀嚼は脳機能を不活化することが科学的にも証明されており、改めて認知症高齢者の咀嚼機能評価の視点と対応するケアスキルの検討が必要である。何よりも人間にとっておいしく食べるためには、咀嚼が重要な鍵を握る。今後は、嚥下障害がある認知症高齢者に対して、咽頭期のみならず咀嚼も重視した食形態の工夫が求められる。

研究目的

 本研究の目的は、認知症高齢者の豊かな食生活の営みを支援するために、看護職をはじめ医師・歯科医師・歯科衛生士・介護職など多職種から構成されたチームによる機能評価に基づき、認知症の原因疾患別および重症度別にみた摂食・咀嚼・嚥下障害の特徴を明らかにした上で、これらの特徴を踏まえた有効なケアスキルを開発することである。

研究方法の概要

研究計画の枠組み図に示す。

 平成24~26年度は、平成26年度からの縦断研究に先駆けて、研究の学術的背景で示した未解明の課題である以下の4点について、国内外の文献検討を踏まえた上で複数事例の研究や実態調査等を行う。

課題1:
認知症の原因疾患のうち、DLBとFTDの重症度別にみた摂食・咀嚼・嚥下障害の特徴を把握し、対応するケアスキルを検討する。
課題2:
認知症の重症度のうち、終末期における認知症高齢者の食事ケアの方向性とケアスキルについて、国内外の文献検討や有識者会議等はじめ複数事例の研究を通して検討する。
課題3:
認知症高齢者の睡眠・覚醒リズム障害と摂食・咀嚼・嚥下障害との関係を検討した上で、食事時に眠る認知症高齢者が安全においしく食べるためのケアスキルについて検討する。
課題4:
認知症の原因疾患別および重症度別の咀嚼障害の特徴について明らかにした上で、これらの特徴に対応する口腔機能の維持・向上(口腔乾燥の予防も含む)ならびに誤嚥性肺炎を予防するためのケアスキルを検討する。

 平成26年度は、認知症高齢者の摂食・咀嚼・嚥下障害に対して食事ケアスキルを適用し、その成功率の調査をもとに、山田ら(2010)が作成した認知症高齢者の摂食・咀嚼・嚥下機能評価指標とケアスキルの対応関係を強化する。

 平成26~28年度の3年間は、改訂した本評価指標を用いて、認知症の原因疾患および重症度による摂食・咀嚼・嚥下障害の特徴の経時的変化をとらえるために縦断研究を行う。

 さらに、平成27・28年度には、認知症の原因疾患および重症度による摂食・咀嚼・嚥下障害の特徴に対応する有効なケアスキルを開発するため、平成26年度の結果、成功率の高い食事ケアスキルを介入方法とした介入研究を実施する。

【文献】

  • 萩野悦子, 山田律子, 井出 訓:睡眠に障害をもつ認知症高齢者の生活の場における光環境の実態とケアの方向性.日本認知症ケア学会誌,5(1): 9 -20,2006.
  • Ikeda M, Brown J, Holland AJ, Fukuhara R, Hodges JR:Changes in appetite, food preference, and eating habits in frontotemporal dementia and Alzheimer's disease. Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatry, 73:371-376,2002.
  • Gillick MR. Rethinking the role of tube feeding in patients with advanced dementia. New England Journal of Medicine, 342: 206-210, 2000.
  • McKeith IG, Fairbairn A, Perry R, Thompson P, Perry E:Neuroleptic sensitivity in patients with senile dementia of Lewy body type. British Medical Journal, 305: 673-678, 1992.
  • 日本神経学会監修:認知症疾患治療ガイドライン,医学書院,212-218,2010.
  • 品川俊一郎, 足立浩祥, 豊田泰孝, 森崇明, 福原竜治, 池田学:レビー小体型認知症患者における摂食・嚥下の特徴. 老年精神医学雑誌, 19 : 126,2008.
  • 山田律子:痴呆高齢者の摂食困難の評価とケアに関する研究の動向と課題. 看護研究,35:407-421,2002.
  • 山田律子:痴呆高齢者の摂食困難の改善に向けた環境アレンジメントによる効果. 老年看護学, 7(2) : 57-69,2003.
  • 山田律子,内ヶ島伸也,千葉由美,鈴木真理子,平野浩彦,枝広あや子:認知症高齢者の摂食・嚥下障害の特徴とケアの方向性-認知症の原因疾患と重症度を踏まえた分析,日本老年看護学会第16回学術集会,2011.