最終リハーサル

後期履修生による初めてのメディカル・カフェ。たくさんの市民の参加で、しっかり手応えを感じました。

2月8日(日)、後期履修生の手がけるメディカル・カフェの2回目が開催されました。スクリーンのほかにキーボードなど楽器が持ち込まれた会場は、いつもとは少し違った雰囲気。「音楽療法」という親しみやすいテーマに、今回も多くの市民が集ってくれました。後期履修生は2回目の開催ながら臨機応変に運営し、生き生きとのびやかなイメージの残るカフェをつくりあげました。
トップページに戻る
第3回メディカル・カフェ 「生活習慣病と再生医療〜再生医療の行方〜」 今日はやることがいっぱい。
写真1
写真2
 雪まつりに訪れた観光客を歓迎するように降りしきる雪の日曜日、いつも通りカフェ開催2時間前に学生たちは会場に集合しました。前回同様、何人もの前期履修生がボランティアスタッフとしてサポートに来てくれています。1週間前に初めての開催を経験した後期履修生と、何度も本番を経験してきた前期履修生、それぞれ迷うことなく担当の作業に入ります。いつものように受付や市民のためのイス、スクリーンを手際よく設置していますが、今回はゲスト席にキーボード、音積み木(サウンドブロック)、トーンチャイムが用意されます。さらにゲストトークの中でCDも使われるということで、近藤先生と音響担当との打ち合わせも念入りです。
 市民の間でメディカル・カフェの認知度が上がってきていることを実感させるように、この日も雪の中をわざわざ足を運んでくれた方が多くいらっしゃいます。前回に続いて、特別授業の講師、安藤千鶴子さんのお姿もありました。すでに開始前には立ち見が出る状態。その中に高齢の方が交じっていることに気づき、急きょ、前列のイスが「優先席」とされました。学生が何度もアナウンスで協力を呼びかけた甲斐あって、高齢の方には座って参加していただける環境がととのい、ほっと胸をなでおろしたところで、いよいよカフェのスタートです。
line
誰もが音楽と共に生きている。 写真3
 用意された楽器を見て、「なにやら楽しそう」と市民の期待がふくらんでいく中、カナダで、そして北海道で多彩な臨床経験をもつ近藤先生の「今日は、音楽と人間が深く結びついていることを感じてほしいと思います」という言葉からゲストトークが始まりました。では、参加者が目と耳と体と心、全部使って聞き、引き込まれていったトークのあらましをご紹介しましょう。
■ 音楽をリハビリに利用
「音楽には二つの側面があります。一つは自然科学・物理学的側面です。測ることのできる音の高さ、大きさ、そしてテンポ、これらの要素は私たちの体、生活の一つひとつと結びついています。たとえば心拍数、血液の流れ。生活の中で「テンポ」という言葉もよく使います。意識せずとも私たちは生理学的に音楽的な存在なのです。アメリカで生まれ、日本でも始まっている神経学的音楽療法はこの科学的側面を生かしたもの。歩行訓練や発語訓練に外的刺激として音楽を使います。音楽が“期待”を作り出すことも、刺激として提供する上で優れた点です。」

※ ここで先生が手拍子「パン パ パ パン パン パン パン」。

「このリズムの後、みなさん次はこんなリズムが来るだろうというのがありますね。そうです、最後の「パン」(手拍子)を期待しますね。メロディーでもそうです。」

※ 「♪〜」先生が簡単な4小節ほどのメロディーをハミングしています。ただし最後の1音はサイレント。

「この後にどんな音が続くか、みなさん声に出してください。(「♪〜」参加者が見事に同じ音で声を合わせました)」
■ 音楽的才能は誰もにある
「もう一つの側面は芸術的側面です。私たちは音楽を「これは何ヘルツ、何デシベル」とは思っては聞きません。物理的な音の並びとしてではなく、心地よいとか悲しげとか、主観的に聞きます。ひとつ実験をしてみましょう。」  

※ここで先生は音積み木(サウンドブロック/鉄琴を1音ずつばらばらにしたようなもの)を4本ずつ2組用意し、市民(A)とフロアファシリテーターの学生(B)に出てもらい、2人にそれぞれ並んだ音の順に鳴らしてもらいます。そのメロディーをすぐに会場のみんなが反復するという実験を行いました。しかし、市民(A)の音積み木の出すメロディーも学生(B)の音積み木の出すメロディーも会場をとまどわせるだけでした。それぞれのたった4音が覚えられないのです。ところが2組一緒に奏でると、あら不思議、みんなで声を合わせた「ドシラソ ソラシド」のハミングが響き渡りました。

「2つの違う音が鳴っているのですが、私たちはその片方を選んで聞いているのです。なめらかなメロディーになるよう、無意識のうちに選択しています。私たちは外にある音楽をただ聞いているだけではなく、意味のあるものを選んで聞いているんです。」

※先ほどの音積み木。(A)の音の並びは「ドレラファ ファラレド」、(B)は「ドシミソ ソミシド」。これを同時に鳴らした時、会場は(A)の「ド」、(B)の「シ」、(A)の「ラ」、(B)の「ソ」と順に選択し、聞き慣れた音の流れとしてとらえたわけです。

 会場全体を巻き込みながら、私たちがいかに音楽的存在であるかを体験することで教えてくれた近藤先生は、国内外の音楽療法の効果を確認した研究結果や、ご自身がいま音楽療法を実際に提供しているクライアントとの実例を、現場のようすを録音したCDを使って紹介しながらゲストトークを進めました。現在進行中の長期的な音楽療法のなかの4回を録音したダイジェスト版のCDは臨場感たっぷりで、回を重ねるごとに、クライアントの心が少しずつ外に向かって開かれ、止まっていた時間が動き出し、挑戦したい気持ちがわいてくるまで変わっていく過程がわかります。
 音楽がもつ二つの側面を有効に活用した療法を実践する近藤先生は、歩行訓練など数値化できる成果がある一方で、心理的、精神的なサポートの場合はなかなかその効果が見えづらく、その評価方法を確立する重要性も指摘します。でも、実際の臨床でクライアントの中に勇気がはぐくまれていったり、閉ざされた心が少しずつ開いていくことを近藤先生は実感していることが会場にはしっかり伝わってきました。音楽療法の可能性へ、会場の理解が広がったころ、そろそろトークは終了時間に。近藤先生は音楽療法の定義で締めくくりました。堅い言葉で表現された定義は、ゲストトークの最初であれば参加者にはピンとこないものだったでしょう。しかし、近藤先生のお話を伺ったいまは、誰もの心にすとんとおさまる、理解しやすいものになっていました。

●日本音楽療法学会による音楽療法の定義
「音楽のもつ生理的、心理的、社会的動きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」

line
会場に響き渡る美しい調べで幕が開きました。 写真4
 15分の休憩を挟んで、質問タイムが始まりました。質問に答える前に近藤先生が持ち出したのはトーンチャイム。会場の市民4名に渡し、呼吸に合わせて音を鳴らしてくれるように頼みます。4名の市民それぞれが、深い呼吸をし、息を吐く瞬間にトーンチャイムを上から下へ。ゆったりしたテンポで、誰に言われるともなく4名がほどよい間をとりながら順に鳴らす音に、ほかの参加者は軽く目を閉じ耳を傾けました。やさしくおだやかな音が反響し、会場がおだやかな空気に包まれます。みんなの呼吸が一つになり、誰もがもっている自然のリズムがトーンチャイムの音に共鳴しているようです。
 会場全体ですてきなハーモニーを奏でた後、質問への回答が始まりました。その一部をご紹介します。
   Q:
よく眠れる音楽は?
   A :
音楽の話をすると、必ず聞かれる質問ですね。でも、人それぞれ最もここちよさを感じる音楽は違うので答えるのはむずかしいんです。ただ、期待を満足させてくれる安心して聴けるメロディー、変化の少ないリズム、テンポで、楽器の種類が少なく、聞きやすい音の運びが繰り返されるものがリラックスさせてくれます。
   Q :
近藤さんの口調はゆっくりしているのに眠くならない。楽しく聞けます。それも音楽の応用ですか?
   A :
ゆっくり話しているのは緊張を隠すためです(笑)。高齢者に関わることも多いので、そのためもありますけど。コミュニケーションはとても音楽的なもの。言葉を話せない赤ちゃんと母親のコミュニケーションは、まさに音楽そのものですね。人間は音楽をただ聴くだけの聴衆ではなく、話す、歩く、すべてがリズムやテンポのある音楽で、それを調節できる私たちは誰もが作曲家でもあるんです。今日おうちに帰ったときは、ぜひ「ただいま」の一言は音楽だと意識して言ってみてください。
   Q :
音楽療法は、音楽を聴くだけと思っていましたが、患者が演奏することもあるのですか?
   A :
音楽療法というと高齢者が大勢で懐かしい音楽を聴き、語り合う、そういうシーンが紹介されることが多いようですが、それは音楽療法のごく一部です。音楽療法は私たちの中にある音楽をうまく引き出す手助けをするもの。心理療法的な場面では、言葉にならない感情を即興の演奏や歌で表現する場をつくります。私は臨床で気づいたのですが、音楽療法の大きな特徴は体の体験に重点を置いていることです。頭ではなく体。ジョセフ・キャンベルが「現代人は生きる意味を探求しているようだが、本当に求めているのは意味ではなく、いま生きているという体験」と言っています。そのために音楽は有効に使えると思います。
 このほか、市外からわざわざいらした方の音楽療法への関わり方を知りたいという質問や、音楽療法を受けることのできる施設を知りたいという質問などがあり、近藤先生はていねいに答えました。
line
心に響くエピソード。写真4
  質問タイムのあと、近藤先生は「もし時間があれば、と思って」と用意してきた音楽CDをスタンバイし、最近のエピソードを話してくれました。ある男性がくも膜下出血で倒れ、病院に運ばれましたが、意識もなく、もう長くはもたないということでした。ギターが大好きな方だったそうで、あるご縁があって、近藤先生はギター持参でその方の病室を訪れたそうです。奥様と息子さんがつきそう病室にあるのは白い壁、電子音、機械音だけ。その環境に音楽を持ち込めたのは、病院の理解があってのことでした。その日の帰り際、男性の奥様が「主人は結婚式で歌を歌ってくれたんですよ」とある曲名を口にしたそうです。近藤先生は考えたといいます。「きっと夫婦にとって大切な曲に違いない、でも奥様にとっていま聴きたい曲だろうか」。迷った末、次回はそのCDを用意して行きました。「もし聴きたいと思ったとき、そばにあったらいいかなと思って」と差し出したCDを見て、奥様はすぐ「いま聴きます」とこたえたそうです。その場にいた看護師が急いでCDプレーヤーを運び入れ、思い出の曲が病室に流れる中、奥様はご主人の髪をなでながら「お父さん、私、お父さんと結婚してよかったよ」と話しかけていたといいます。ずっと下を向いていた息子さんも初めて顔を上げ、家族がかけがえのない時間を過ごしました。いま、メディカル・カフェ会場には静かにその曲が流れています。そして曲がフェードアウトする中、近藤先生は「必要なとき、必要なところで音楽を奏でられることの大切さを改めて感じた体験でした」と結びました。
line
お疲れさまでした。
 第8回のメディカル・カフェは、市民、学生、教員、会場にいるすべての人の心に温かいものを残して終了しました。学生それぞれが熱い思いをぶつけあい、議論を重ね、だんだんとメディカル・カフェのスタイルができあがってきています。前期履修生が後期にはサポートに回ったように、後期履修生も来年度は先輩として関わってくれるでしょう。来年度のメディカル・カフェのバージョンアップが楽しみです。
 スタート時カフェのことは何も知らなかった学生たちがここまでやり遂げることができ、大きな達成感を得られたのは、何より市民の方々の励ましがあったからです。心より感謝します。ありがとうございました。ぜひ、来年度も応援してください。
写真5写真6 写真7写真8
 

第8回メディカル・カフェ「音楽との新たな出会い〜音楽療法への誘い〜」

音楽との新たな出会い ●日時:
2月8日(日)
14:00〜16:00
●場所:
紀伊国屋書店
札幌本店1階
インナーガーデン
ゲスト : 近藤 里美さん
(北海道医療大学 看護福祉学部准教授)
千葉大学教育学部音楽家卒業。7年間の教員生活の後、シュバイツアーの伝記と、音楽療法を紹介した小さな新聞記事に触発され、カナダ・バンクーバーのカピラノ・カレッジ音楽療法学科へ。卒業後、カナダ音楽療法学会認定音楽療法士の資格を得て、バンクーバーにあるセント・ポール病院の集中治療室、緩和ケア病棟を中心に専任音楽療法士として7年間勤務。その間、サイモン・フレーザー大学大学院カウンセリング心理学科修士課程卒業。専門は音楽心理療法、音楽を中心としたカウンセリング、音楽療法の質的研究。趣味は、歌うこと、散歩、俳句作り。
タイムスケジュール
13:30〜14:00 受付
14:00〜14:10 開会
14:10〜14:40 ゲストトーク
14:40〜14:55 休憩
14:55〜15:55 質問タイム
15:55〜16:00 閉会
参加者のアンケートより(一部)
  • 「近藤さんの歌を聴きたかったです」
  • 「具体例としてお聞きしたこと、心に残りました」
  • 「音楽は楽器から生まれると思っていましたが、生活や情緒からも生まれているんですね」
  • 「雪まつりよりメディカル・カフェを選んでよかった」
  • 「後方席でもよく聞こえましたが、ゲストの顔を見ながらお話を伺えるともっとよかった」
  • 「同じテーマでぜひもう一度」
  • 「音楽療法は“癒やし”としかとらえていなかったのですが、元気づけたり、健康を立て直したりすることに生かせるのですね」
  • 「学生さんが主体的に動いているのがわかりました」
  • 「学生さんの対応がよかったです」
参加者のアンケートより(一部)
3月14日(土)
「双方向型医療コミュニケーション教育の展開」
市民公開シンポジウムを開催します。
「医療を伝える場=メディカル・カフェ」
〜市民参加型医療コミュニケーション教育について考える〜
時間 :
13:00〜17:00
場所 :
センチュリーロイヤルホテル20階白鳥の間
(札幌市中央区北5条西5丁目)
プログラム :
メディカル・カフェ
「血液をきれいにするしくみ〜腎臓と透析〜」
講演
「医療系大学における実践的コミュニケーション教育について」
講師:藤崎和彦さん(岐阜大学医学教育開発研究センター教授)
「臨床コミュニケーションをひらく(開く・啓く・拓く)」
講師:池田光穂さん(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授)
総合討論
専門家、学生、市民による意見交換。

sp