トピックス

特別公開講座「医療とコミュニケーション」(講師:朝倉利光氏)を開催しました。

  • 2010年8月28日(土)14:00〜15:30
  • @ACU研修室(札幌市)

 共通基礎プログラムの最終回(第13回)は、北海学園大学学長・朝倉利光氏による特別講演「医療とコミュニケーション」を一般市民も参加できる特別公開講座として開催しました。朝倉氏は光工学がご専門ですが、北海道大学では長年にわたり看護師養成に、また、ご自身の研究の応用の1つとして医療機器開発に携わってきた経験をお持ちです。
 医療の世界も情報社会の急速な進展に大きな影響を受けていることから、“情報とは” “コミュニケーションとは”という基本を正確に認識できるよう構成されたお話に、本プログラム受講生、一般市民が熱心に聞き入りました。ここでは、講演の要旨をご紹介します。

朝倉利光氏プロフィール

福島生まれ。北海学園大学長。
国際基督教大学卒業後、ボストン大学大学院物理学専攻修士課程修了。MA(物理学)、工学博士(東京大学)、名誉博士(フィンランド・ヨエンスー大学)。北海道大学応用電気研究所教授、東京工業大学理工学国際交流センター教授、北海道大学電子科学研究所教授・所長、北海学園大学工学部教授などを歴任し、2005年より現職。1996年 紫綬褒章受賞、2009年 瑞宝中綬章受賞。専門は「光物理学・光工学の基礎研究と光計測・光情報処理・医工学・文化遺産探査等の広範囲な領域における応用研究」。

講演要旨

“情報”の歴史をひもとく2大発明、エネルギー利用と言葉

 「今日は大きく5つお話しします。1つ目で情報社会の成り立ちまでの歴史を振り返り、2つ目でふだん何気なく使う言葉“情報” “コミュニケーション”とは何かを改めて確認します。3つ目は、社会、人間の体における情報の流れ、4つ目は医療におけるコミュニケーションについて、最後に将来の展望をお話しします。
 まず、歴史です。人類は社会形成のために2大発明をしました。1つはエネルギーの利用です。火の利用、その延長線上に太陽を利用した農業が生まれ、狩猟中心の生活から定住へと変わりました。2大発明のもう1つはコミュニケーションのための言葉、定住に伴って子孫に伝えたいと発明された文字です。この2大発明が文化をもつ集団社会の誕生を可能にしました。」
エネルギー、情報、医療 ルネッサンス以前の歴史
 「“エネルギー”の利用は農業に始まり、技術も生まれました。しかし中世までは人間が自然について考える“自然哲学”であり、まだ“科学”ではありませんでした。
 “情報”の歴史では、最初に象形文字が、ギリシャ時代にアルファベットが生まれます。1400年代後半に印刷機が発明され、文字のコピーが可能となりました。
 “医療”を見ると、人類は寄生虫病、伝染病、飢饉に何の手だても持たず、長らく医学と呼べるものはありませんでした。中世に入るとペストの大流行があり、修道院がその患者のケアを行うようになり都市型医療の原型が生まれました。」
ルネッサンス期の科学革命 エネルギーの機械化が進展
 「ルネッサンス期には“自然哲学”から自然を観察し、法則をみつけようとする“科学”へと大きく転換します。これが科学革命、ガリレオ、ニュートンの時代です。続いて科学を人間のために利用する、蒸気機関車に代表される産業革命が起こりました。その流れは、蒸気機関車から自動車へというように、集団のための利用から個人の利用へと変わり、大量生産が必要となって資本主義が生まれます。この科学革命、産業革命、資本主義の3つを背景に“近代科学”は発展しました。
 近代科学には3つの特色があります。1つは『砂漠の思考』と呼ばれ、自然は人間に敵対するものという捉え方をする西洋の論理です。対して東洋は『森林の思考』、自然は愛するものと捉えます。ですから“科学”は生まれないのです。残り2つは、科学優先型、エネルギー革命です。近代科学は全てエネルギー利用を基に1850年頃まで続きました。しかし、日本は鎖国により近代科学の発展には一切関与していないといえます。」
遅れて始まった情報の機械化 しかし、情報科学は医療の世界にも

 「エネルギーの機械化が進む一方、情報の機械化はほとんど進みませんでした。産業革命に写真機が、1800年頃には映写機と蓄音機が登場しますが、情報の機械化を大きく進展させたのは第二次世界大戦です。善し悪しは別として、戦争は科学技術を大幅に進歩させます。
 第二次世界大戦を境に近代科学は技術を組み合わせて利用し、システマティック、効率的に思考する技術優先型の現代科学へと進展します。ここで組織だって行うものづくりが得意な日本は一気に世界に追いつきました。
 さらに、エネルギー科学は情報科学へとシフトしていきました。
 医療では、産業革命で労働者が増えた頃、過労、貧困、結核が大きな問題となり公衆衛生の必要性が認識されます。
 日本は、第二次世界大戦終結と共にそれまでのドイツ医学からアメリカ医学へとシフトし、抗生物質も多種入ってきました。
 あらゆる分野で情報の機械化が進む中、情報科学はサービス産業にまで及ぶのかどうかは疑問視されていました。しかし、ご存じの通りサービス産業の代表格・医療にも情報革命は大きく影響しています。診断を例にとっても、いまは画像を基に行われます。医師は画像を見て、判断する役割となっています。」
情報革命の歴史 エジソンからシャノンまで
 「情報革命の元祖はろう管レコード発明で初めて言葉を記録したトーマス・A・エジソン(1847~1931)です。その後、4人の科学者が情報を科学にしました。
 まずノバート・ウィナー(1894~1964)が、動物も機械も同じ通信と制御のシステムでできているとし、『人間機械論』を発表しました。次にデニス・ガボール(1900~1979)が“見る”情報、光が情報を運ぶことに注目してホログラフィー発明で三次元情報の記録・再生に成功しました。ノーベル物理学賞を受賞しています。続くジョン・フォン・ノイマン(1903~1957)が初のプログラム内蔵式コンピュータを作り、コンピュータ時代の扉を開きました。4人目は『機械は考えることができるか』の質問に『できる。私も君も機械じゃないか』と答えたクロード・E・シャノン(1916~2001)で、情報を科学の対象とし、全てを0と1で表すデジタル信号を導入しました。」
情報とは何か? コミュニケーションとは何か?
「“情報”とは『事象を写し取った記号』です。人間対事象の関係でのみ存在します。その記号を伝えるのが“コミュニケーション”です。どんな情報も数値化、記号化できます。シャノンの考えに則り情報を科学として扱うには主観的なことはすべてカットされます。
 情報は確率ともいえます。情報の増加→不確実さの減少→予想の当たる確率の増加、この考えで第二次世界大戦中には暗号解読が発達しました。確率であれば定量化が可能で、長さや重さに単位があるように情報にも基本単位があります。それが“ビット”です。」
人間の体の情報、エネルギーの流れ
 「人間の体には情報が絶えず流れています。目は光センサー、レンズ、脳は光メモリ、光コンピュータ、神経系が光情報伝送路(光ファイバー)です。同時にエネルギーの流れもあります。心臓が光源にあたり、血管系が光エネルギー伝達路、光ファイバーです。人間の体はエネルギーの機械化、情報の機械化により成り立っているのです。人間は5感で獲得した情報を脳に送り、脳が処理をして適切な運動をする指示を出します。人間の体はコミュニケーションの原点ともいえるのです。
 感覚(情報獲得)→脳→運動(移動)→感覚…という情報ループで成り立っている人間の体は、高齢になるとループのどこかに障がいが起きます。それをいかに代行するかが課題です。
 人間同士のコミュニケーションを見ると、フェイス・ツー・フェイスの他に、電話など通信機器を介した人間機械系コミュニケーション、そしてコンピュータネットワーク系があります。全てに共通するのはメッセージが記号化されてやり取りされる点です。」
対人関係は医療の原点 看護の役割は大きい

 「医療では情報のやり取りが全ての出発点です。なかでも人間を人間らしく生活できるよう支える看護の役割は非常に重要です。身体的な病をもつと7割が精神的な病になるといわれます。看護の場面ではそれを忘れないでください。日々進歩する医療の知識や技術を学ぶことは大切ですが、コミュニケーション技術がなくてはどうにもなりません。もちろん、情熱も必要です。
 患者と医師には意識の違いがあります。患者は医師が病を治してくれる、その義務があるものと思っています。治せるか治せないか、オール・オア・ナッシングです。しかし、現実には不確実性があります。このギャップを埋めるのが言語・非言語によるコミュニケーションで、ここでも看護師は大きな役割を果たします。
 高齢化社会における医療の現場には、患者を“個人”として捉え、それぞれの豊かな人生を支援するために欠かせないことがあります。それは、加齢による病、障がいを補うという発想、日常生活の延長線上に病や障がいがあるという認識に変えていくことです。」
電子カルテ導入など医療の現場でも進む情報化
 「厚労省は患者への情報提供、医療の質向上・効率化、さらに安全対策のため医療の情報化に力を入れています。鍵を握るのは電子カルテです。患者への数々のメリットが期待されます。
 医療情報システムは、『医療施設の情報化』『医療施設のネットワーク化』『医療情報の有効利用』『根拠に基づく医療支援』の4段階で展開されます。現在、最初の『医療施設の情報化』が盛んに行われているのはご存じの通りです。」
コミュニケーションで豊かな人間社会の構築を
 「高齢化社会での情報の利用には社会全体を考える視点が必要です。情報・コミュニケーションは人間関係の基本であり、医療においてはコミュニケーションがそれぞれの豊かな人生の支援を可能にします。
 加齢に伴う身体的欠陥がどのように、どの方向に向かって起こるか、先ほどの情報ループに問題が起きたときにどう対応すべきか、老人学的な蓄積はほとんどありません。一口に高齢者といってもそれぞれが個人であり、個々に対応しようとすることは産業にもつながります。少量多品種生産が必要となり中小企業が元気になるでしょう。こう考える背景には『ジェロントロジー』という概念があります。医学、心理学、社会学などを統合した総合的なもので、加齢を退行ではなく前向きに捉える学問です。私は『老人学』と呼び、健康な老人とはどうあるべきか、そのための社会のインフラ、システムのあり方を考えることに取り組み始めました。今後はこの分野でも積極的に情報を利用していきたいと思っています。」