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  • 2010年8月7日(土)14:00〜15:30
  • ACU研修室にて(札幌市)

 6月に開講した平成22年度「地域格差のない医療情報提供のための薬剤師・看護師教育プログラム」の共通基礎プログラム(全13回)の11回目は、大熊由紀子氏を講師に招き、一般市民にも開放した公開講座として開催されました。医療・福祉分野における数々の提言、現場と政策をつなぐ活動と実績で知られる大熊由紀子氏のお話に、札幌会場、ライブ配信された北見会場(日本赤十字北海道看護大学)で本プログラム受講生、一般市民が熱心に耳を傾けました。ここでは、講演の要旨をご紹介します。

大熊由紀子先生プロフィール

国際医療福祉大学大学院教授。
東京大学教養学科で科学史、科学哲学を専攻。卒業後、朝日新聞社に入社。1979年科学部次長、1984年論説委員。医療、福祉、科学、技術分野の社説を担当し、政府の寝たきり老人ゼロ作戦、ホームヘルパー10万人作戦、身体拘束ゼロ作戦などのきっかけを作る。2001年朝日新聞社を退職、大阪大学大学院ボランティア人間科学研究科教授を経て、2004年より現職。医療審議会委員や中央社会福祉審議会委員などを歴任。
福祉と医療、現場と政策をつなぐホームページ「ゆき.えにしネット」 http://www.yuki-enishi.com/

講演要旨

 「国際医療福祉大学大学院の公開講義をまとめた『患者の声を医療に生かす』という本を、本日の講演タイトルに頂きました。この講義は患者さんや障がいのある方が教壇に、医療スタッフとそのタマゴたちが聞き手となって行われたもので、患者さんが医療の専門家に講義するデンマークの“でんぐり返しプロジェクト”をヒントに始めた講義でした。
 ご紹介いただい肩書の他に、“福祉と医療、現場と政策をつなぐ志の縁結び係&小間使い”を名乗っております。ホームページ『ゆきえにしネット』http://www.yuki-enishi.com/ と年1度の『えにしを結ぶ会』で、様々な方の縁を結ぶる機会を作っています。ご覧のスライドにもお子様を突然亡くした経験がある方、薬害エイズ原告団団長、中医協委員になった高校の物理の先生、福祉に力をいれたら医療費が減った実績をもつ村長さん、事務次官、福祉用具アドバイザーまで、普通なら知り合えない方々が一緒に写っています。自ら苦しんだ経験を役立てて同じ経験をもつ方をボランティアで支える自死遺族、2万人に1人というアルビノ(先天性白皮症)に悩んだ経験を生かした若者など“やさしき挑戦者”がたくさん集まります。」
 「『患者の声が医療に生かされた』日本ではおそらく最初の法律が、2006年に成立したがん対策基本法、自殺対策基本法です。山本孝史参議院議員(当時)が専門家だけでなく癌を体験したご本人や家族の声を政策に生かそうとつくりあげた法律です。政策作りのさなかに山本議員はご自分が末期がんで余命半年と知りますが、本会議でがんを告白、自ら患者としての生の声を届け、成立となったものでした。」

 「“ボランティア”は無料サービス、“インフォームド・コンセント”は医者が説明して患者さんが判を押すことと誤って理解されることが多いようです。
 “ボランティア”の語源『volo』は『喜んで〜する』『志す』の意味をもつラテン語で命令形はありません。法律・制度で強制されない、想像力がないと自己満足だけで相手を不幸にするなど、ボランティアは恋に似ています。大阪大学時代には客員きょうじゅ大阪ボランティア協会の早瀬昇さんに『ボランティアは、ほっとかれへん、がまんでけへんこと』と教わりました。
 “インフォームド・コンセント”は十分な情報を手に入れた患者さんが治療方針や検査を選択するプロセスのことです。日本での第一人者、唄孝一先生は海外の文献で『インフォームド・コンセントとは、患者にオーソライズされていない治療』とこの概念に触れてカルチャーショックを受け、日本での普及に尽力されました。」
 「1988年には、慶應義塾大学病院の近藤誠先生が『知らせることは治療の入り口』と、がん患者全てに病気を知らせることを始めました。それまで信じられていた常識と違い、自殺者も死期を早めた人もいず、患者、家族、医師の風通しがよくなり治療効果が高まりました。
 インフォームド・コンセントという言葉が知られていなかった1990年、朝日新聞で、『病気を知って、病気とつきあう』とタイトルでシンポジウムを開催しました。治すための、また治らない場合は残る人生の計画を立てるためのインフォームド・コンセント、臨床試験の医師と患者の関係のように連帯のためのインフォームド・コンセントについて話し合われました。『自分がエイズだと知りたくない権利もある』という主張、それに対して『人に感染させててしまう。だから知る義務がある』といった論争もありました。
 それから7年後、『カルテ等の活用に関する検討会』に私は委員として参加しました。患者がカルテを見る権利の法令化が提言されました。ところが、審議会で逆転され、カルテ開示は不可能かと思われました。しかし2005年に個人情報保護法ができ、意外な展開となりました。第25条に、本人が求めた場合は情報を開示しなければならないと定められたのです。
 2008年に舛添厚労大臣(当時)が国会答弁で、患者が請求しなくても、全員に検査、治療、薬の情報がわかる明細書付き領収書を渡すことを約束しました。このときは、国立の病院だけだったのですが、2010年にはコンピュータ管理されている医療機関に義務化されています。
 患者の知る権利を巡る一連の流れの大きなきっかけになったのは、1人の遺族、勝村久司さんです。順調な妊娠期間を過ごしていた奥様が、病院の指示で入院した翌日生死をさまよい、星子ちゃんと名付けた赤ちゃんが生後まもなく亡くなった理由を知りたいと動きました。苦労して突き止めた原因は、ひとによって感受性に200倍の差がある、危険な陣痛促進剤でした。自然であるべきお産の時間を、病院の都合で平日の午後に合わせるために陣痛促進剤が使われる、これが実情です。 」
 「医療従事者であるみなさんには、虫の目、鳥の目、歴史の目をもってほしいと思います。私は新聞社で科学部にいたため、医学や技術にばかり目をとられ、“寝たきり老人”についても、世話を楽にするための技術、機器の開発に注目する若い記者の原稿をそのまま載せていました。ヨーロッパの国々を訪ね『寝たきり老人』という日常語が日本にしかいないことを発見し、『なぜ?』と考え続き『「寝たきり老人」のいる国いない国』(ぶどう社)という本を書き、その第1章。介護保険のメニューになりました。
 日本では、いわゆる老人病院や特別養護老人ホームの雑居部屋に『寝かせきり』にされていました。現場でよくよく見る、これが『虫の目』です。
 『鳥の目』は視野を広げること。日本の高齢化には手本がないと言われてきましたが、世界には日本より先に高齢化した国がたくさんあります。その経験を生かすことができる日本は幸運な国です。
 たとえば、デンマークに行きました。病院での治療後に自宅には戻れない人が過ごすプライエムがありました。個室には自宅から運んだ家具が置いてあり温かい雰囲気でした。しかし、デンマークでは1987年に、『キッチンがついていない。居間と寝室がつながっている、これは普通の暮らしではない』と、ケア付き共同住宅へと政策転換しています。
 『歴史の目』で見ると、たとえばスウェーデンには日本の療養型に似た雑居、寝かせきりの時代がありました。そこを『エーデル改革』で住まいにする大改革が行われたのです。」

 「高齢者福祉ではスウェーデンよりデンマークが進んでいます。その源は、1982年にロスキレ大学教授アンデルセン氏が中心になって打ち出した『高齢者医療福祉政策3原則』にあるようです。1つ目は、どんなに立派な老人ホームでも人里離れ、思い出が周りにない場所で過ごすのは幸せではない。人生は継続しなければならないという『人生の継続性の尊重』。2つ目は暮らす場所を自ら決める『自己決定の尊重』、3つ目は右半身が動かなくても左半身は動かせる、首から下が動かなくなっても首から上は活用できるという見方、『自己資源(残存能力)活用』です。後にアンデルセン氏は厚生大臣となり、日本との差もどんどん広がっていきました。
 デンマークの在宅ケアでは生活の節目節目にホームヘルパーが現れ、おむつをしていてもおしゃれもでき、外出もできます。日本のように長男の嫁によるアマチュアの介護に頼るのではなく、プロのヘルパー、訪問ナース、家庭医、住宅改善、適切な補助器具の提供で、寝たきりにならず普通に暮らせるシステムを支えています。
 これらは日本の介護保険のメニューになりました。法律が動きだすまでには、『嫁が親をみるという日本の美風を壊す』という政治家の反対論も根強く大変でした。日本の介護保険はその名前からドイツを手本にしたと錯覚している人がおおいのですが、サービスの内容も、市町村により横出し上乗せができるなど、実は北欧をモデルにつくられました。このプロセスは『物語・介護保険いのちの尊厳のための70のドラマ』でご紹介しましたので、どうぞ読んでくださいね。
 1人あたりの医療費と満足度の調査で、日本はデンマークと同じくらいのお金をかけているのに満足度はかなり低いという結果が出ています。システムの面から見直すことが必要だと思います。」
 「今日は世の中をよくしたいと思っている方の集まりですから、最後にクローさんの『世直し7原則』をお伝えします。
 クローさんは、気の合うヘルパーを自分で選び採用できるデンマークのオーフス方式の仕掛け人です。ヨーロッパ筋ジストロフィー協会会長で、日本であれば病院や施設から一生出られないような重介護を必要とする方ですが、ヘルパーさんと共に補助器具の大荷物を従えて来日され講演してくださいました。環境がととのえばどんな状態の人でも適切な補助機器、介助者があれば海外旅行もでき、社会のリーダーとなり得ます。そんな社会をみなさんと一緒にめざしていきたいと思います。」

※ クローさんの世直し7原則

  • ・愚痴や泣き言で世の中は変えられない
  • ・従来の発想を創造的にひっくり返す
  • ・説得力あるデータに基づく提言を
  • ・市町村の競争心をあおる
  • ・メディア、行政、政治家に仲間を作る
  • ・名を捨てて実を取る
  • ・提言はユーモアにつつんで

大熊先生の著書
左から『物語 介護保険 上』(岩波書店)、『物語 介護保険 下』<最新刊>(岩波書店)、『恋するようにボランティアを』(ぶどう社)、『患者の声を医療にいかす』(編著・医学書院)